大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和41年(あ)85号 判決

無職 松本百合子

〈ほか三五名〉

右松本百合子、〈中略〉に対する住居侵入、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、永尾ヤツエ、《中略》に対する暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、淵上キヨセ、《中略》に対する住居侵入、角田勝次に対する脅迫、吉開ユキエに対する暴行、石松政雄に対する住居侵入、暴行、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反各被告事件について、昭和四〇年一一月一九日福岡高等裁判所の言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人三浦久、同田代博之の上告趣意のうち、憲法二八条違反をいう点は、三池炭鉱主婦会は、労働組合法二条にいう労働組合には当らないから、所論前段は、その前提を欠き、また、憲法二八条は、企業者対勤労者、すなわち使用人対被使用人というような関係に立つ者の間において、経済上の弱者である勤労者のために団結権ないし団体行動権を保障したものにほかならないのであるから、その保障を拡張して、本件のように新組合員またはその家族と、前記主婦会員または旧組合員との関係にまで及ぼそうとする所論後段の理由がないことは、当裁判所の判例(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日大法廷判決刑集三巻六号七七二頁)の趣旨に照らし明らかであり、憲法三二条違反をいう点は、第一審で無罪を言い渡された被告人に対し、原審が事実の取調をした結果、第一審の無罪判決を破棄し有罪の自判をしても違法でないこと、ならびに事実審理を第二審限りとし、上告理由が刑訴法四〇五条により制限されている関係上、第一審の無罪判決を破棄自判により有罪とした第二審判決に対し上訴によって事実誤認を争う途が閉されているとしても違憲でないことは、当裁判所の判例(昭和二六年(あ)第二四三六号同三一年七月一八日大法廷判決刑集一〇巻七号一一四七頁、昭和二七年(あ)第五八七七号同三一年九月二六日大法廷判決刑集一〇巻九号一三九一頁、昭和二二年(れ)第四三号同二三年三月一〇日大法廷判決刑集二巻三号一七五頁)の趣旨とするところであるから、右違憲の主張は理由がなく、その余の所論は、すべて単なる法令違反、事実誤認の主張であって、適法な上告理由に当らない。

また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって、同四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下村三郎 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎)

弁護人三浦久、同田代博之の上告趣意

原判決には憲法違反並びに判決に影響を及ぼすべき重大なる事実誤認があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

第一点原判決は憲法第二八条の解釈適用を誤っている。

一、原判決は「第一、一(二)その第二点(法令適用の誤りの主張)について」と題し、弁護人の主張を排斥して次のようにいう。

「所論は被告人らの本件所為は通常のデモの範囲から著しく逸脱したものでもなく、主婦会員の団体行動についても、当然、労働組合法一条二項刑法三五条の刑事免責の適用を受くべきものであるのに、これを排斥した原判決は法令の適用を誤ったものである、という。しかし、所論法条が労働組合でない主婦会なる団体の行動に適用ないし、準用の余地のないことは文理上明らかであり」と。

二、また、原判決は「第三、五、(二)(イ)項」のなかで、

「原判決は、三池労組員やその主婦を新労組員とその妻に対して集団示威、抗議、説得をする権利があると解すべきだから、被告人らが右新労組員の裏庭へ立入ることは当然許される行為でなんら非難に値せず、ある程度の悪口を発しても立入を不法ならしめないから罪とならないという。案ずるに(中略)原判決のいう前記三池労組員やその主婦らの新労組員の妻に対する権利なるものが、はたして是認されるかについて考えるに、労働法上の権利義務は労使関係の存在を前提としこれに関連して認められるものであって、労使関係のないところにこの権利義務の存する余地のないことは自明の理である。単一労組が二分して新労組が結成されたばあいに旧労組員やその主婦らが労使関係と直接無関係な新労組員の住居や新労組員の家族らに対して集団デモをかけ、抗議、説得等の挙に出る実例は多々存するけれども、新労組員が自家への立入を是認すべき義務があるとは言えず、ましてやその家族らが集団示威、抗議、説得等を甘受すべき義務のないことは明らかであり、反面、三池労組員やその主婦らに該所為をする権利があるものとは到底認めえないところである」というのである。

三、右原判決は法令(労組法一条二項、刑法三五条)の適用に於て、憲法第二八条で保障する労働基本権の法意を著しく誤って解釈し適用したものである。

その一は主婦会の活動を憲法二八条の保障の範囲外に排斥している点であり、その二は労働基本権侵害に対する防衛行為を権利として是認し得ない、とする点である。

(1)  原判決が、主婦会の行為を憲法的保障から排除している理由は全くの形式論理であり、実質的、理論上の根拠は何も示されてはいない。しかし、主婦会の活動が果してさような形式論理によって憲法的保障を奪いうるものかどうかは深く活動の実態と性格にてらし検討さるべきことであり、弁護人は次の事由から主婦会の行動についても憲法二八条の保障を享けうべき地位にあると考える。

第一に、憲法第二八条でいう「勤労者」とは「職業の種類を問わず賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者」(労働法三条)をいうのであって、従って殆んど完全失業状態に近い日傭労働者を含むと解せられる。けだし、その労働が従属労働であり、資本所有者の指揮下におかれ資本所有権との対立を含むかぎり、対立階級を予想する勤労者であるというべく結社の自由一般に対して、常傭労働者に認めたと同様の特殊的な権利保障を必要とするからである。この点、炭鉱労働者たる組合員の妻をもって結成する労働組合=炭婦協(炭鉱主婦協議会-炭労全体の組織)加盟員は集団的に社宅に居住し会社施設の利用を通じそこでの利害が労働力の対価である賃金と不可分に結びついている点で組合目的と結合しているので、広義の勤労者として考慮されなくてはならない。

第二に、主婦会=炭婦協の歴史的性格と具体的な実態に即して検討すると、(イ)主婦会をつくる活動は誰がやったか、(ロ)主婦会活動は一般(労働常識)に組合運動と考えられているか、(ハ)主婦会の組織と活動とが当該組合の組合目的とどうつながっているか-の三点の解明によって結論ずけられる。(イ)の点は一件記録でも明らかなように三池労組が正式の機関を通じて決定した方針として組合が行っているのであって、明白に主婦会の組織活動は組合活動と評価しうべきである。(ロ)の点は組合運動家にしても労働運動理論の研究者にしても、一般組合員や主婦会員の規範意識にてらしても、昭和二七年の労炭ストの評価についてみられたように、主婦会=炭婦協の運動を炭労=三池労組という組織の一活動として評価している社会的事実が厳として存在しかつ確立されていることである。かような社会通念を無視することはゆるされない。(ハ)の点は主婦会の組織化と活動が組合の目的に直接に適合するという事実である。即ち主婦会の組織活動は組合の団結力を側面から強化するというだけではなく団結そのものの機能維持に不可分に作用しているという点である。炭鉱では組合員の大部分が集団的に社宅生活をしている。硝子一枚、畳や電灯ひとつ取りかえるのにも会社の補導員の手加減で左右されるという事情があり、会社施設の利用について家族を含む組合員の共通の利害がある。さらにその利用について賃金のうえで適当に加減されているため、この利用を完全なものにしていくことは同時に労働条件である賃金部分をまもっていく活動でもあり、とくに主婦たちが、日々その夫たちの代りに社宅利用にかんする業務を担っている事実をも考えると普通の労組の家族たちの団結とはくらべものにならないほど、組合の目的に対して直接的に結合している性格を有している。従って、会社側が主婦会の組織活動を妨害し、支配公入する行為は明らかに不当労働行為となるものである。このように被告らの所属する三池主婦会は本件発生の背景となっている三池争議に於ては労働者の団体、夫たちの組織である三池労組と不可分一体、同心一体となっての有機的な斗争を行ったのであり、主婦会は三池労組の一分岐ともいうべき組織体である。(一審の弁護人弁論要旨総論第四掲記の主張を援用する)

それゆえ、かかる労働組合と同視さるべき又は労働組合の一支体ともいうべき主婦会の団体行動については憲法第二八条の保障を有するというべきであり、従ってその正当な行為については労組法一条二項の刑事免責からの免脱の利益を有する。原判決がこの法理に背き弁護人の主張を漠然と排斥したのは憲法第二八条の解釈適用を誤ったものというべきである。

(2)  原判決は一審判決が、「三池労組員やその主婦らが新労組員やその主婦らに対し集団示威、抗議、説得等をする権利がある」と判断したことを誤りであるとしているが、その理由として原判決が挙示する点は「労使関係のないところにこの権利義務の存する余地はない」とか、「単一労組が二分して新労組が結成されたばあいに、旧労組員やその主婦たちが、労使関係と直接無関係な新労組員の住居や家族らに大衆行動をする権利はない」というにとどまる。主婦会及びその組織活動が資本所有者としての会社と対抗関係にあり、無関係どころか直接間接の関係を有すること、従ってまさに「組合活動」として評価され、憲法上の保護を有すべきであるとの点については前段に於て詳述した。

ところで、もし原判決の説く如く、単一労組が分裂し、第一組合員やその主婦が第二組合員やその主婦らに対する説得や抗議が権利として法認されていないとすれば、そもそも憲法第二八条がなんのために労働三権の保障を宣言しているのか無意味となろう。憲法第二八条は単に通常対抗関係にあることが予定せられている会社=資本所有者との関係に於て組合側(主婦会をふくめ)の三権が保障されていることを示すばかりでなく、かかる資本所有者の団結侵害によって脱落したり、裏切ってゆく人々に対する相応な大衆的行動をも労働基本権防衛のための行為として許容され権利保障をはかっているのである。

そして、脱落した者に対する″吊しあげ″は本来、説得という性格をもった行動として評価される。説得に応じようとしない脱落者に対しては非難をあびせてときに数時間も″吊しあげる″ことにもなるのであり、このような吊しあげによる説得行為はもともと違法なる裏切行為による争議権や団結権の侵害を防衛する行為にほかならないのであって、正当防衛からしても自殺行為として評価すべきである。そしてある程度(労働良識にてらして具体的にみる)法侵害があっても違法性は阻却せられるものといわねばならない。即ち、わが国の組合の実態に即して団結権、争議権を保障する法を把えようとする限り裏切者に対する“吊しあげ“を一般に違法とすることは憲法秩序に対する背理というべきである。しかるに原判決はさような裏切者、脱落分子に対する(新労組員とその妻)説得も権利として法認されていないのだというのである。

労働権の保障を有する憲法の空洞化を、これでは原裁判所自身が推進しその共犯者となっているといわれても仕方があるまいかように、原判決の労働法や労働基本権に対する理解と認識には驚くべきものがある。

本件で、新労組員やその家族というものは、実は三井鉱山の違法な切崩し工作、戦後最大といわれる不当労働行為によってデッチあげられた御用組合=第二組合そのものであって、いわば「会社の手先き」であり、「汚れた手」である。(これらの点については一審の弁護人の弁論要旨総論第二「争議中の脱落スト破りの評価について」の主張をここに援用する)従って新労組員やその妻らが被告の加盟する三池主婦会や組合の説得という大衆行動を受容すべき義務がある、と言っても決して過言や誤りではない。

原判決は「単一労組が二分して新労組が結成されたばあい」と全く問題を極端に抽象化し、争議の実態がもっている特有の個性や具体的特質を無視しているが、遺憾のきわみである。

原判決は著しく憲法二八条の解釈適用を歪曲し不法に被告らの刑事免責の主張を排斥したものといわなくてはならない。

〈以下略〉

弁護人三浦久、同田代博之の上告趣意

原判決には、憲法違反、判決に影響を及ぼすべき重大なる事実誤認があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

一、被告人永尾ヤツエ、《中略》の上告趣意第一点。

第一審で無罪判決を受けた被告人に対し、第一審判決を破棄して自判したことは憲法第三二条に違反している。

憲法は審級制度の存在を前提とし、これを是認する規定をおき(憲法第七六条一項、八一条)また国民の裁判を受ける権利を保障している(憲法第三二条)。

このことは、被告人に裁判に関する不服申立の道を開くべきことを当然の帰結とするものであり、上訴制度の存在と共に被告人の上訴権の保障を是認したものということができる。

刑事訴訟法第三五一条が同法上訴編の通則の冒頭に控訴、上告を含めた上訴権として規定するのは、その具体化としてみてよい。

ところで憲法並びに刑訴法上被告人に保障されるべき上訴権の内容は何か。

被告人が上訴することができるというのは、有罪判決の要素たる「主文」(刑の言渡し)、「罪となるべき事実」「証拠の標目及び法令の適用」について上訴するということができるということに他ならない。即ち被告人の上訴権は自己に対する有罪判決につき、事実誤認、法令の適用の誤り、訴訟手続の法令違反、量刑不当に関する不服申立を必要最少限度の内容としなければならない。

一審有罪の被告人の場合は、これらの不服申立の道が開けていることは控訴に関する規定上明白であるが、一審無罪、二審で初めて破棄自判有罪とされている被告人には、その途が全く閉ざされているのである。

したがって、一審無罪の被告に対して、二審で破棄自判することは憲法三二条に違反しているといわなければならない。

このようは場合は破棄自判有罪にはすべきではなく、原審に差戻すべきが憲法第三二条に適合する正しい措置であるといわなければならないのである。

そうであれば、上記被告人らに対し、破棄自判有罪の判決を言渡したことは、憲法第三二条に違反していることは明白であり、原判決は破棄を免れない。

〈以下略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例